「しかしそうした拡大路線のおかげで、ギルティイノセント帝国とセブンス連合の前身であるフィフス連合の争い『フィフス戦役』において、当時のサラスヴァ女王セラフィーナ=リンドホルムは調停者としての役割を果たせました」
早口にまくしたてられて俺は思わずドミトリーを突き放した。しかし奴は倒れることなく、むしろこちらに近づいてくる。酒臭い息が顔にかかって鬱陶しい。
「サラスヴァ王国が強大だったからこそ、わずか1年間ではあったものの、ギルティイノセント帝国とフィフス連合の両者に休戦協定を結ばせることができたのです」
「それはまあ……意外な事実だな」
「意外でもなんでもありませんっ! これはサラスヴァ王国自身も認めている歴史ですし、各国の公式文書にも記録がありますっ! 私の古文書にも同じように書かれています!」
「はあ。だから役人たちもサラスヴァ王国に関する記述には書き直しを命じなかったのか……。待て、ほとんどが問題なしだと言ったな? つまり一部は公式文書と違ったってことか?」
「ええ、そうです」
ドミトリーはのろのろと鞄の中から古文書を取り出した。
「ギルティイノセント帝国との休戦協定が終わろうとしていた頃のサラスヴァ王国は、国の内部にこそ問題を抱えていました。それは後にサラスヴァ王国のみならず、フォレストアイランズ全土を巻き込む騒乱のきっかけになったと、この古文書には記されています。当時の女王セラフィーナは自然の声に耳を傾け、異変にいち早く気づいたとされていますが……おや?」
「ん? どうした? ダークエルフでもいたか?」
「ダークエルフがこんなところにいるわけないでしょう! ただ……ダークエルフではないしても、今そこで誰かが私たちのことを見ていませんでした?」
「そりゃ、こんな夜中に大声で騒いでいる男がいたら、誰だってうるさいって思って睨みつけてくるさ」
「いえ……そういったたぐいの視線ではなかったような気がするのですが……。気のせいですかね? すみません、酔っ払いのたわごとでした。忘れてください」
「はいはい、忘れてやるよ。で? 次の店に行くんだっけ?」
「あ、はい」
ドミトリーは周囲の視線から隠すように古文書を鞄に仕舞い込んだ。
「了解だ。だったらもう一軒ぐらいなら付き合ってやるよ」
「ありがとうございます! ただ、ええと、ですね」
「なんだ、やっぱり帰るのか?」
「いえいえっ! 今晩はもう少し一緒に飲みましょう!」
「なんなんだよ。おかしなやつだな?」
しばらく夜風に当たったおかげか、ドミトリーの酔いはすっかり覚めたようだ。
しかしなぜだろう。ドミトリーは次の酒場に入るまで、ずっと何かを気にしているようだったのは。
(続く)