「クセルルクス帝国? いえ、ギルティイノセント帝国があった頃のクセルルクスは王国です。まだ皇帝はおりません」
酒の瓶が何本か空になった頃、俺の発言はまたドミトリーに訂正された。
「相変わらず細かいな」
「細かいことではないでしょう。大きな違いですよ。皇帝が統治しているのが帝国。王が治めているのが王国。全然違います」
呂律こそまだはっきりしたものだが、ドミトリーはすっかり赤ら顔で、明日の二日酔いは確実だろうと思えた。もっとも俺の顔色もきっと同じようなものなのだろうが。
「いや、わからんな。だいたい王と皇帝ってのは何が違うんだ?」
「皇帝とは諸王たちの王、王の中の王とされることが多いようですね。つまり王よりも一段上、王たちを統べるものの称号として名乗っていたようです。王は複数いてもいいが皇帝は地上に一人のみ、と発言した権力者もおりました」
「なるほどねぇ。あ、もう1本、新しいのをくれ」
話半分に聞き流しながら新しい酒を注文する。酒の力は偉大だ。頭はどんどん回らなくなるのに、口だけは饒舌にしてしまう。
「つまり王国だった頃のクセルルクスは、まだ小国だったってわけかい?」
「いえ、そういうわけでもないのですが……」
「なんだ? 歯切れが悪いな? てっきり、いつものようにこの古文書にはこう書かれています、って言うものだと思ったんだが」
「クセルルクスは今も昔も謎多き国家でして……。ご先祖様もあまり記録を残してはいないのです」
「はっはっは。ご自慢の古文書も案外大したことないな」
「な、なにを言うのですか! 記述がないとは言っていません! そこまで言うなら読み上げますとも!」
ドミトリーは仕舞い直した古文書を、再び恭しく鞄の中から取り出した。酔った手でページをめくり、厳かに読み上げる。
「クセルルクス。極寒の地に位置する王国。黒魔術を利用してフォースを集め、輸出産業としている国家。フォレストアイランズに流通しているフォースの9割はクセルルクスより輸出されたものである。……ええと、大帝と呼ばれたレオニード・アレクセーエヴィチの死後は後継者争いが激化し、次々に王が変わったとも記録されていますね」
今度は大帝か。権力者ってのはどうしても肩書きにこだわると見える。
「ふぅん」
「なんですか、その反応は! せっかく読み上げたんですから、もっと興味を持って聞いてください!」
「そんなこと言われてもな」
(続く)