エピソード 0 - EPISODE 0

「蒼穹/蒼天」後編

いつの間に夜が明けていたのだろう。
差し込んでくる光で、俺は自分のすぐそばで古文書が燃え尽きて灰になったことを悟った。
さっきまで蒼穹を駆け抜けていた『ピッコラ』は岩場の瓦礫の一部になっている。
俺自身、もはや生きているか死んでいるかもわからなかった。

視線だけ動かして天を仰ごうとするが、頭上に空はなく、苔むした岩肌が見えるばかりだ。
墜落の衝撃で天然の岩窟にでも放り込まれたのだろうか。岩壁に囲まれて死ぬなんて、石工の俺にはちょうどいい死にざまだと、俺は心の中で笑った。職人にとって命の次に大切なのは愛用のノミと金槌だと親方は教えてくれたが、今際の際で俺の手元に残ったのは古文書ではなく携帯していた愛用の道具だったというわけだ。職人の最期としては上出来な部類だろう。

――違う。
違和感を覚え、俺は全身の覆う倦怠感をはねのけて洞穴の形状を把握した。
ここは天然の洞穴ではなかった。
柱がある。壁がある。かつては密閉されていたのだろうが扉の痕跡すらもある。

ここは……遺跡だ。間違いない。見たことはないが読んだことがある。
その光景に既視感を覚えた瞬間、全身が激痛に悲鳴を上げた。
息ができなくなり、頭痛を覚え、嘔吐した。
しかしそうなってようやく既視感の正体に気づく。
痛みと歓喜で半狂乱になったまま、俺は声を上げて笑った。

「あはははははは! ここが古文書の遺跡だ! ドミトリー! お前は勝ったぞ! ははははははは!」


今まで誰にも知られることなかったこの新たな歴史解釈は、絶対に後世に引き継がなければならない。
だが本や紙ではダメだ。すぐに盗まれるし、燃えてしまえばそれで終わりだ。
決して燃えず、壊れず、そう簡単には盗むこともできない。それでいて半永久的に残るものがいい。
もう痛みなど感じない。使命感が俺の体を突き動かしていた。
俺は立ち上がり、ノミと金槌を手にすると、比較的平面に近い石壁に向き合う。

「親方と、運命に、感謝します」


これが石工の俺にしかできない蒼天の歴史の刻み方だった。

「どうか繋いでくれ……」


                       ◇ ◇ ◇

無数の浮遊島を統治する4つの国家が種族を越え、覇権を争う激動の時代。
この古の遺物は、後にひとりのトレジャーハンターによって発見されることになる。
そこには過去にフォレストアイランズを統治した4つの大国の知られざる新たな歴史が記されていた。
専門家の多くは、出土遺物の年代こそ石版の記述と一致しているが、その文字自体は後世に刻まれたものではないかと、遺物の信ぴょう性に疑問を抱いているようだ。
はたして古の遺物の記録は、真実なのか虚実なのか。

「この石版に書き記した文字を目にしている誰かへ――」


石版に刻まれた歴史の真実が紐解かれるのは、まだ先のことである。

(終幕)