エピソード 0 - EPISODE 0

「蒼穹/蒼天」前編

「そんなにまでして隠さなければならない歴史が……本当にこの中にあるんだろうか……?」


墜落はもう止められそうになかった。
『ピッコラ』に乗って逃げだした俺を追ってきたのは所属不明のスカイガレオンだ。今まで見たことのあるどの国のスカイガレオンとも違う形状をしている。
『ピッコラ』の動力部は、追手のスカイガレオンに設置されたカードサークルから召喚されているだろう古代の神々の雷によって破壊された。操作系も衝撃のせいで、今やほとんどいうことを聞いてくれない。
おそらく俺は死ぬのだろう。この世界を根底からひっくり返すような大きな秘密とともに。

俺は古文書のページをめくる手を早める。どこかに読み落としがあるのか、考え方が根本的に間違っていたのか。せめて死ぬ前にそれだけは確かめたかった。

「違う、これじゃない……! もっとこう、古文書がきっかけで国家がひとつ滅ぶくらいの、いや、4つ国家が協力して隠しているんだろうから、きっとフォレストアイランズ全域の統治体制が崩壊するくらいの何かがあるはずなんだ……! ひとつひとつの国じゃない……! もっと4つの国家が全部に影響するような……!」


戦争。休戦。同盟。侵略。
フォレストアイランズの歴史が、まるで走馬灯のように繰り返し頭の中を駆け巡る。
4つの国家に影響を与えたこと。つまり。

「えっ……? まさか……こんなこと、なのか? こんな……読み飛ばされそうな記述ひとつが……」


俺たちの知る歴史書にも当然『そのこと』は書かれている。だが『それ』には各国にも相応の理由や大義あったからで、深く考えることもなく誰もが受け入れた歴史的な事実だった。もちろん出回っている歴史書には、こっちの古文書に記されているような切迫した危機的状況が生み出した苦渋の選択だったなどとは書かれていない。だから、俺が読み飛ばしていた、ドミトリーの先祖がまるで自分の手柄のように書き連ねている『それ』とは、つまり……。

「つまり……4つの国家すべてに………………ということだから、つまりそういうことなのか……!? だからなのか……そのあり方を知られたら……フォレストアイランズが今のフォレストアイランズではなくなってしまうから……!!」


古文書の内容が事実だと知られれば、再びフォレストアイランズに戦争が起こるのかもしれない。この古文書の記述は4つの国家の醜聞でもなんでもなく、ただそうというだけで蒼天を治める国々に争いの種を蒔く危険なものなのかもしれない。

だがそれでも。

これが歴史を知る者たちを消してまで隠すようなことなのだろうか。隠し通せるはずがない。現にこうやって記述は残り、記録を引き継いでいた者たちはいたのだから。そしておそらく『***』はまだ、フォレストアイランズのどこかに**のだから。
ドミトリーは正しかった。

生き残るためにはこの歴史を広く公開するしかなかったのだ。
ドミトリー、お前のやっていたことは正解だよ。結果は伴わなかったが、方法は間違っちゃいなかった。秘密が秘密じゃなくなれば、奴らに俺たちだけを殺す理由はなくなる。まさか奴らも秘密のために全人類を殺そうとはするまい。

ついに船底が今までにない衝撃に揺れた。船体のきしむ音は断末魔の悲鳴のようだ。
不意に、いつから備え付けられていたのか艦内の通信機から声が聞こえてきた。
降伏勧告にしてはあまりに遅すぎる。
俺は苦笑しながら、おそらく追手のスカイガレオンから届けられたのだろう敵の勝利宣言を聞き逃すまいと耳を傾けた。

「……さよなら。あんたが悪いのよ。古文書の内容を全部覚えているなんて言うから。せっかく古文書だけですませてあげるつもりだったのに」


――絶望の咆哮とともに『ピッコラ』は墜落した。

(続く)