エピソード 0 - EPISODE 0

「武装/逃走」前編

明け方になってリタと別れ、帰宅したら、俺の自宅は荒らされていた。
つまりはもう自宅まで突き止められてしまったということなのだろう。
もちろん俺の留守を狙って、たまたま泥棒が入った可能性がないわけじゃない。

だがもう俺は楽観的に考えるのをやめていた。

侵入者は明らかに俺の家で何かを探すような荒らし方をしている。家具までひっくり返されるありさまだ。金目の物を探すだけなら、ずいぶん無意味な労力をかけたということになる。
目的はこの古文書に違いない。
こんなことなら古文書を家に置きっぱなしにしておけばよかったのかもしれない。侵入者の目的が古文書で最初から家に残されていたのなら、しらみつぶしに捜索することもなかったはずだ。

翌日、石工の親方は泥棒に入られた俺にえらく同情してくれて、しばらく工房に下宿するよう勧めてくれた。ありがたい話だったので、俺はこれを受け、家が片付くまでの間だけお世話になることにした。
古文書は自宅に残してきた。

そこまでしてほしいのなら、古文書くらいくれてやるつもりだ。
もっとも古文書の内容はすべて俺の頭の中に入っている。すべてだ。
だから本そのものがなくなったとして、記述の検索にはなんの問題もない。

翌日、予想通り俺の自宅からは古文書だけがきれいに消えていた。
これで何もかも終わったのだろうか。
ドミトリーの無念に対する怒りがまだ心の奥底で沸々としているのを感じつつも、ようやく戻ってきたと思われる日常に、俺は少なからず安堵を覚えたのだった。

――工房を何者かが監視していることに気づくまでは。

監視者の視線は人間のものではなかった。
あれは機械の目だ。人間じゃない。そうでなければ一日中ずっと俺を監視し続けるなんてできるはずがない。
腹の底から込み上げてくるように、なぜか古文書の記述が思い出された。

そう。ギルティイノセント帝国の四天王の中にアンドロイドがいたことを。
第6師団を指揮するアンドロイドの少女ラウラ。計算をすると、皇帝が10歳のころから彼に仕えていたことになる。生粋の忠臣だ。ギルティイノセント帝国は工業国だったが、ラウラの存在はそれでも異質だった。ギルディイノセント帝国が残した技術は様々な国にいろいろな形で継承されている。今もアンドロイドを兵士や密偵として使っている国があるのかは知らないが、もしかしたら密かに運用している組織があるのかもしれない。だが、なんのために? なんのためにそんな超技術までして持ち出して俺を監視する?

「古文書はもう手に入れただろう!? 預かった古文書は一冊きりだし、他には何も隠し持ってやしない! それとも何か!? 古文書が存在したということを知っているだけで、ずっと命を狙われ続けるっていうのか!?」


通りに向かって声を上げても、奴らは何も反応してこなかった。

ドミトリーのダークエルフという呟きで最初はサラスヴァ王国からの刺客かと疑った。隠された秘宝の噂やセブンス連合の書記官が残した古文書ということで、クセルルクスやセブンス連合の差し金かとも考えた。そして今度はギルティイノセント帝国だ。
乾いた笑いが込み上げてくる。どの国が俺の命を狙っているかなんて話はもういい。
だがそうまでして葬り去りたい歴史っていうのは、一体なんなんだ!?

(続く)